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既報でお示ししてきましたが、新型コロナウイルス(SARS-CoV2)は変異を繰り返しながら進化し続けています。2020年10月にインドで同定されたデルタ株(B.1.617.2系統:Delta:δ)は、欧米を中心に瞬く間に変異株の主流となり、わが国でも2021年3月、沖縄の米軍基地を皮切りに、検疫を突破するなどして全国に感染拡大し第5波を形成しました。その後、同年8月をピークに急峻に減少して9月末にはほとんどみられなくなりました。デルタ株が急激に減少した理由は、ワクチンの効果、国民の感染予防対策を講じたことなどが考えられています。
一方、私たちの目には、デルタ株の消長をみて、かつてのSARS-CoVパンデミックを彷彿とさせたのです。SARS-CoV感染症(重症急性呼吸器症候群:SARS)は2002年11月、中華人民共和国に端を発し、死亡率が高いことから世界中の人々を震撼させました。幸い、わが国では感染者を出すことなく、2003年7月に突如終息しました。その主たる理由は検疫の強化と受け止められています。しかし、わが国は今回のSARS-CoV2を顧みるまでもなく、2009年の新型インフルエンザウイルス等をみても、新興・再興感染症の検疫体制は磐石とはいえません。むしろ、SARS-CoV側の要因で感染が終息したと考えるのが妥当と思っています。
コロナウイルス属の遺伝子はRNAウイルスであり、複製の際に高率に変異を惹起します。遺伝子変異はウイルスにとって有利な変異と不利な変異とがあり、後者はウイルスの複製能を失わせ自ら消滅することを指し、一般にerror catastropheと呼ばれています。私たちは、SARS-CoVの突然の消滅は同様の現象によるものと推察しています。SARS-CoV2のデルタ株の急峻な減少もまたerror catastropheに基づくものであるならば、SARS-CoV2の終焉と期待したのです。
しかし、一方で一抹の不安もありました。2021年11月、南アフリカで新規変異株 オミクロン株(B.1.1.529系統:Omicron:ο)が検出されたことです。残念ながらオミクロン株は短期間のうちに世界中に蔓延し人々を脅かしています。そこで本報ではオミクロン株の本体に迫ってみることにしました。
(NHK, 国立感染症研究所ホームページ一部改変)
上図に示したSARS-CoV2の感染者数の推移等は皆様見慣れていると存じます。
一方、SARS-CoV2に限らず、ウイルス感染症の基礎的・臨床的研究を行うにあたってpolymerase chain reaction(PCR)は不可欠な検査です。にもかかわらず、わが国では感染が確認された当初から様々な理由により、PCR検査に歯止めがかかり十分行われませんでした。現在までSARS-CoV2感染が終止しない大きな理由に、初動のPCR検査体制が影響していると思います。
図. 上段左にわが国でSARS-CoV2の感染拡大がはじまった2020年初頭から現在までのPCR検査実施件数を示します。初期の検査数がいかに少なかったかが分かります。上段右に感染者数の推移を示しましたが、PCR検査件数と感染者数がほぼ正の相関を示すことが分かります。したがって、日々報道されている感染者数は必ずしも実態を表しておらず、検査件数や検査を受けた対象者などを加味して解釈しなければなりません。
さて、オミクロン株は現在、若年者とりわけ20歳以下の若者に感染が広がっています(下段左)。また、児童施設、学校、医療機関、福祉施設、多人数の会食や各種イベントでのクラスターが多数報告されており、家庭内感染も従来株に比較して高率にみられています。
これらは、オミクロン株の感染力が極めて強く、世代時間や実効再生産数も短いことが知られています。オミクロン株の初期症状はデルタ株に比較して咽頭痛が顕著にみられ、全身倦怠感や頭痛の頻度が高く、目の充血、くしゃみ、鼻水、呼吸困難は低率です。また、重症化率はデルタ株に比し若干低率で(下段右)、高齢者や基礎疾患(高血圧、心疾患、糖尿病、呼吸器疾患、悪性腫瘍、腎疾患など)を有するヒトはデルタ株と同様高率に重症化します。症状がみられた場合は早期に医療機関を受診し、適切な対症療法を受けることによって重症化予防につながります。
オミクロン株の感染ピークは2022年2月中旬に迎え(上段右)、感染者数の減少傾向を示すもののデルタ株に比し緩除で、最近では再上昇傾向を示しており、初期のオミクロン株(BA1)から亜型のBA2株に置き換わりつつあることを示しています(後述)。
さらに、デルタ株ではm-RNAワクチンの効果が2回接種後3〜6ヵ月程度持続するものの、オミクロン株では顕著な効果を得ることができません。
左上にわが国のワクチン2回接種率を示します。
世界中の他国に比し2021年末から現在まで極めて接種率が高いものの、前述したオミクロン株の感染拡大図と照らし合わせると、ワクチンが予防に寄与しているとは言えないと思います。
最近、3回目のワクチン接種によるブースター効果によって感染予防が図れると推奨されています(右上)。
わが国では多数の施設から3回接種直後、中和抗体価が上昇することを報告し、予防効果の根拠としています。右上の図のごとく、多数(国民の40%以上)の人が3回目の接種を済ませていますが、前述のごとくオミクロンBA1株の減少は緩除で、最近ではむしろ増加傾向にあり、オミクロンBA2株の感染予防効果は顕著にみられていません。
先行してm-RNAワクチンを導入したイスラエルは、すでに4回目の接種を行っていますが、その効果は接種後数週間しか持続しないと警告しています(下図)。
また、3回接種後比較的長期間観察した英国のデータでもブースター効果による感染防御効果は限定的と報告しています(UKHSA)。
したがって、わが国でも3回目の接種後長期間経過観察して効果を評価しなければなりません。
(OxCGRT一部改変)
次に、当クリニックで診療した2家族の家系図を示します。
ともに家族内感染例で、左はデルタ株、右はオミクロン株です。これまで述べてきたデルタ株とオミクロン株の特徴が集約されており、極めて示唆に富む家族内感染例です。
デルタ株例:
発端者の感染源は不明です。
2021年8月29日、家族5人で夕食をともにし、翌30日、同僚2人と1泊旅行に出掛けました。
同日夜半、全身倦怠感、咳嗽、喀痰、悪寒が出現し、翌31日早朝発熱(38.7℃)がみられ、旅行を中断して帰宅することなく当クリニックを受診しました。
SARS-CoV2のPCRは陽性でした。
ウイルス量も多く肺炎を合併しており、対症療法を行うも解熱せずPO2も徐々に低下し、保健所を通して入院しました。
前々日夕食をともにした弟は31日まで症状はありませんでしたが、念のため実施したPCRは陽性でした。
9月1日朝には微熱が出現し
胸部CTで肺炎像がみられましたが、PO2は良好でした。HER-SYSに登録し、保健所の指示で入院しました。
食事をともにした両親および祖母はPCR陰性で感染しませんでした。感染した兄弟はワクチン接種歴はなく、両親および祖母は2回の接種を受けており、接種後発端者と濃厚接触した日からさかのぼって約2ヵ月でした。
ちなみに、発端者と宿泊した同僚2人は無症状でしたが、うち1人はPCR陽性でした。ゲノム解析の結果、PCR陽性者は全例デルタ株でした。
オミクロン株例:
発端者は17歳の高校生で、通学している高校ではSARS-CoV2のクラスターが発生していました。
2022年2月5日、帰宅後微熱を訴えPCRを実施したところ陽性でした。
2月7日には、同居する父親を除き家族全員に発熱、咽頭痛、咳嗽が出現し、母親と祖父母は中等症で、祖父母は入院治療を受けました。
祖父は発端者が感染確認される6ヵ月前に2回のワクチン接種を受けています。
母親は約1ヵ月半前に3回目のワクチン接種を受けています。
ゲノム解析の結果、PCR陽性者は全例オミクロン株でした。
2組の家族内感染例から、ワクチンの効果はデルタ株では少なくとも接種後2ヵ月程度は効果が持続すると考えられ重症化率が高く、オミクロン株では効果の持続期間は短く、3回接種しても感染を阻止することができないと考えられました。オミクロン株は感染力が強く、世代時間も短く、若年者では軽症ですが、高齢者では重症化する可能性が示唆されました。
わが国のSARS-CoV2感染拡大防止策は、2020年1月初旬に遺伝子(ゲノム)配列が解析されて(N Engl J Med,Nature)以来、RNAウイルスであること、しかも私たちに病気をもたらす多くのウイルスのなかで最も長い塩基を有し容易に変異するためワクチンや治療薬による制圧は困難を極めると予想し、第一に国民の自覚を促し予防策を講じることが重要であり、同時にPCRを広く実施するとともにゲノム解析を行って、科学的根拠に基づいた対策を行わなければなりません。本掲示板でも変異株の解析を行い、SARS-CoV2の本態を理解して頂く努力を重ねて参りました。
「敵?を知り、己を知らずんば、百戦危うからず」です。
当クリニックでSARS-CoV2のゲノム解析の結果をお示ししてきましたが、今回はオミクロン株を加えて図示しました。
武漢株を標準として感受性細胞(ACE2)に結合し、現在のm-RNAワクチンにより獲得する免疫のターゲットとも関連するspike(S)領域のアミノ酸配列をみると、デルタ株は受容体結合ドメイン(RBM)の L452Rが特徴で、この変異はオミクロン株には存在しません。オミクロン株はデルタ株と比較すると圧倒的にどの領域にも多数の変異が認められ、とくにBA1はS領域の69-70番目のアミノ酸の欠損(同領域のプライマーではPCRが偽陰性となります)や受容体結合部位(RBD)にも多数の変異(32箇所)が認められ、S蛋白の立体構造の変化をもたらし(下図)、ワクチンの効果を低下させると考えられています。
また、BA1とその亜型:BA2との特徴的な相違はRBD領域の371番目のアミノ酸変異です。
前者はS371L、後者はS371Fであり、PCRによって同部を増幅し解析することによって鑑別できます。
前述のごとくSARS-CoV2の塩基(遺伝子)は30,000にも及び、単回のPCRでは増幅困難で複数回実施して全塩基配列を解明しなければなりません。
したがって、煩雑なうえ高額の費用を要し、感染例全例に施行することは困難です。全塩基配列は新たな変異株の同定や感染源を特定するために行われます。
今回検討したデルタ株、オミクロン株BA1、BA2を特定するためには、3箇所の領域をPCRして変異の有無で判定します。
SARS-CoV2感染の有無は抗原検査によっても判定可能ですが、PCRに比し感度がやや劣り変異株の同定はできません。
オミクロン株ではspike蛋白に多数の変異がみられ、とくに感染に重要なRBD領域は32箇所が変異しています。これが感染性の増強やワクチン不応に関連すると考えられています。
当クリニックでは、2020年3月からSARS-CoV2に関する提言を独自に行って参りました。今回で第12報になります。この間、政府や専門家と称する先生方は、様々な感染拡大防止策を打ち出されました。
振り返ればクラスター作戦からスタートし、重点措置と称し国民に自粛を呼びかけ、spike領域のm-RNAワクチンが開発されてからは、大々的にワクチン接種を呼びかけ続けています。
一方、ウイルス側は次々に変貌し、巧みにかいくぐり私たちをあざ笑うかのように感染拡大を続けています。これらのわが国の対策は、場当たり的で同じことの繰り返しに過ぎず、他国の策を模倣するばかりで、わが国独自の科学的根拠に基づいた防止策を構築すべきと訴え続けてきました。
しかし、ここに至っては、国民一人一人がpoliticsやcommercialismに惑わされることなく、初心に返ってSARS-CoV2の本態を理解し、新たな道を選択して歩み出さなければならないと思います。
本報を作成している間にもデルタ株とオミクロン株が合体したデルタクロン株やオミクロン株のBA1とBA2が交雑したXE株等の変異株が検出されており、これらの感染拡大防止にも注視する必要があります。
私たちは、わが国が率先していかなる変異株にも有効なユニバーサルワクチンの開発や、治療薬の開発に取り組まなければならないと提言します。さらに、オミクロン株は著しく感染力が強く、ワクチンにも抵抗性ですが、幸い、毒性(重症化率)は低くウイルス側はヒトと共存する道を歩んでいるように感じます。ならば、症状を呈した患者さんを重点的に診療し、重症化を防ぐことの道も積極的に模索するべきでしょう。
ヒトに感染するコロナウイルスは7種類知られており、そのうち病原性の強いSARSおよびMERSがあります。他の4種類の病原性は低く、通常の風邪ウイルスとして毎年多くのヒトが感染しています。1889年にロシアで発生した所謂ロシア風邪は瞬く間にパンデミックとなり、わが国でも1890年に多数のヒトが感染し、とくに高齢者では極めて高い致死率を示しました。当初、病因はインフルエンザウイルスと考えられていましたが、最近OC43と呼ばれるコロナウイルスであることが遺伝子解析で明らかにされました(J Virol)。現在でもヒトコロナウイルスOC43は軽い風邪の原因として人々の間で感染し続けています。
2022年4月 理事長 日野 荘一郎