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最近、種々の感染症 (RSウイルス感染症、手足口病、サル痘、ノロウイルスの集団感染に加えて、マイコプラズマ肺炎の患者さんが急増している) が話題となっている。
また、コロナウイルス (オミクロン株) も巧みに変異し、依然として感染者の減少はみられていない。
かかる現状の中、今回はマイコプラズマ肺炎をとりあげた。
(1) マイコプラズマ肺炎は、Mycoplasma属のMycoplasma pueumoniaeに分類される真性細菌の感染により惹起され、感冒様症状に加えて高率に肺炎を合併する。
(2) 通常、マイコプラズマ肺炎は晩秋から早春にかけて多発する傾向がある。わが国のマイコプラズマ肺炎の大規模な流行は、1984年、1988年、2011年にみられた。最近10年間の感染状況をみると
(図1) 2016年に感染者の増加がみられている。過去に感染爆発がみられた年度では通年 (夏季でも) 多発する傾向がみられる。
本年 (2024年) は初夏から感染者が増加し、盛夏 (8月末) に至っても感染者数が増加の一途を辿っている 。今後寒さに向かってさらに増加することが懸念され、国民一人一人が感染対策予防に心掛けなければならない。
(3) 一般にマイコプラズマ肺炎の罹患年齢は幼児期から青年期 (5〜35歳) が多数を占め、家庭内感染で広がることが知られている。しかし、前述の感染爆発した年は、年齢差や性差はほとんどみられない。
マイコプラズマ肺炎の原因菌Mycoplasma pueumoniaeの感染経路は飛沫感染と接触感染である。
(4) マイコプラズマ肺炎は、感染してからの潜伏期間が2〜3週間と長いのが特徴である。発病初期の症状は軽い感冒様症状 (軽度〜中等度の発熱、全身倦怠感、頭痛、咽頭痛など )であり、軽度の乾性咳嗽を伴う。咳嗽の持続期間が通常の肺炎に比較して長く、しかも軽度のため医療機関を受診せず、Mycoplasma pueumoniaeを排出して多くのヒトに感染させるため、別称 「 歩く肺炎 」 とも呼ばれる。
稀に、中耳炎、関節炎、脳炎、肝炎、膵炎などの合併症や重篤なGuillain-Barre症候群、Stevens-Johnson症候群を伴うことがある。
(5) マイコプラズマ肺炎の胸部CTでは、小葉中心性結節影 (tree-in-bud appearance) 、スリガラス状の均等浸潤影などがみられる (図2) 。新型コロナウイルス肺炎のCT像ではスリガラス状陰影が気管支・肺血管を透見する雲状陰影を特徴とし、マイコプラズマ肺炎との鑑別は容易である (図3) 。しかし、画像診断だけでは、マイコプラズマ肺炎と他の細菌性とは鑑別困難である。
(6) マイコプラズマ肺炎の確定診断 (図4) :潜伏期を経て症状発現前2〜8日から発病後1〜2週間は滅菌綿棒 (スワブ) を用いて口蓋扁桃からの拭い液からLAMP法やImmunochromatographic法でMycoplasma pueumoniaeを直接検出できる。
発症、約1週間後頃から血清中のマイコプラズマIgM抗体 (PA法) が出現し、2週間程度持続する。また、血清中のマイコプラズマIgG抗体 (CF法など) がIgM抗体と交差するように出現し、次第に高値となるためIgG抗体 は2ポイント測定で確定できる。
マイコプラズマ肺炎は回復後中和抗体を獲得し、しばらく再感染を生じないが、次第に中和能は低下して、再感染も生じ得る。
(7) 治療:Mycoplasma pueumoniaeは細胞壁を有さないため、β-ラクタム (ペニシリン系やセフェム系) の抗生剤は無効である。従来マクロライド系の抗生剤 (エリスロマイシン・クラリスロマイシンなど) が著効したが、最近マクロライド系の耐性株が出現し、効果が得られないことがあり、テトラサイクリン系 (ミノサイクリンなど) やニューキノロン系 (クラビットなど) の抗生剤が用いられる。ただし、テトラサイクリン系は乳幼児の歯牙の着色、眩暈や吐気などの副作用があり、
とくに妊婦には禁忌である。
マイコプラズマ肺炎のワクチンは開発されていない。
(8) 予防と消毒: マイコプラズマ肺炎は感染法上5類に分類されている。
感染様式は飛沫感染と接触感染であるため、最も重要なことは手洗い (図5) やうがいの励行、マスクの着用、換気の悪い場に長時間留まらない、出来る限り多数の人々の集まりを避ける、家庭内で発熱や咳嗽をしているヒトは外出を控え、なるべく隔離する。発熱や咳嗽を認める場合は速やかに医療機関を受診する。
Mycoplasma pueumoniaeの消毒はアルコールが有効で、手指消毒や汚染された物品などの清拭に用いることができる。しかし、病原微生物によってはアルコール消毒に抵抗性を示す (図6) 。
現在、感染症を予防する上で「手洗い」の重要さを否定する者は皆無である。
19世紀初頭では出産に際して産褥熱による産婦の死亡率が極めて高率であった。
1847年、Semmelweis Ignác Fülöpは、産科医が「手洗い」をすることによって産褥熱による死亡率を激減させると主張した (Die Aetiologie, der Beriff und die Prophylaxis des Kindbettfiebers) 。当時の顕微鏡の精度では微生物を観察できないこともあって、彼の説は直ちに受け入れられず、不幸な生涯を閉じた。
その後、1800年台後半に至ってLouis Pasteurが細菌論を唱え、Heinrich Hermann Robert Kochが炭疽菌、結核菌、コレラ菌を発見し、Joseph Lister, 1st Baron Listerの消毒法開発と相まって、現在まで「手洗い」は感染症予防の基本となっている。